岐阜地方裁判所 昭和46年(わ)205号 判決 1971年11月30日
主文
被告人を懲役一年二月に処する。
未決勾留日数中一五〇日を右刑に算入する。
押収してある自動車運転免許証一通(昭和四六年押第五九号の一)の偽造部分を没収する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は父文郎・母咲子の二男として生れたが、小学校四年の時以来七年間養護施設で生活をし、その後実家に帰り卒業間近の中学過程に戻つたが、友人もできず登校もしないで過したり家出をしたりするうち、人家数軒に火を放つたことで佐世保初等少年院に送られ同院退院後熊本市内で就職したが、空巣を犯して中等少年院送致となり、昭和四四年八月に退院後は大工見習、工員、自動車運転助手等をし、勤務先も転々としたのであるが、
第一、昭和四六年一月五日頃から同年五月一〇日頃迄の間、前後三一回にわたり、別紙犯罪事実一覧表一記載のとおり、愛知県豊田市駒場六八番地手嶋秋子方外三〇箇所において、同人外三〇名所有の現金合計五五二、三〇三円、カメラ一台等三九点(時価合計一三〇、一六六円相当)を窃盗し、
第二、同年三月一〇日頃から同年五月九日頃迄の間、前後三回にわたり、別紙犯罪事実一覧表二記載のとおり、現金窃取の目的で、岐阜市下川手宮北一八三番地新井信子方外二箇所に侵入し、金品を物色したが現金がなかつたため、その目的を遂げなかつた。
第三、同年五月九日午後八時頃、熊本県宇土市三十町中野四〇三番地轟屋旅館こと宮崎正方二階六畳間において、行使の目的をもつてほしいままに、同県公安委員会の記名押印のある船崎一久に対する大型自動車第一種、大型特種、自動二輪の各運転免許証にかかる免許証(第七三六七一三〇六〇五〇―四六三二号)に貼つてあつた同人の写真を剥離して、被告人の写真に貼りかえ、あたかも自己が右各運転免許証の交付をうけたような外観を整え、もつて同公安委員会作成名義の右各運転免許にかかる免許証(同年押第九五号の一)の偽造を遂げ、
たものである。
証拠<略>
(法令の適用)
被告人の判示第一の各所為はいずれも刑法第二三五条、判示第二の所為中各住居侵入の点は同法第一三〇条、罰金等臨時措置法第三条第一項第一号に、各窃盗未遂の点は刑法第二四三条、第二三五条に、判示第三の各所為は免許の種類ごとにいずれも同法第一五五条第一項にそれぞれ該当するが、判示第二の所為中各住居侵入と各窃盗未遂の間にはそれぞれ手段結果の関係があるので同法第五四条第一項後段、第一〇条により重い各窃盗未遂罪の刑により処断することとし、判示第三の各所為はそれぞれ一個の行為で三個の罪名に触れる場合であるので、同法第五四条第一項前段、第一〇条により一罪として犯情の最も重い大型自動車第一種の免許証偽造罪の刑により処断することとし、以上は同法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条本文、第一〇条により最も重い右大型自動車第一種の免許証偽造の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役一年二月に処し、同法第二一条を適用して未決勾留日数中一五〇日を右刑に算入することとし、押収してある自動車運転免許証(昭和四六年押第九五号の一)の偽造部分は、判示第三の有印公文書偽造の犯罪行為より生じた物で、何人の所有をも許さないものであるから、同法第一九条第一項第三号、第二項によりこれを没収することとし、訴訟費用については、刑事訴訟法第一八一条第一項但書により被告人に負担させないこととする。
(一部無罪の理由)
被告人に対する公訴事実中、被告人が偽造した運転免許証を行使したとの点について考察するに、偽造文書行使罪における「行使」とは、偽造した文書を真正な文書として使用することをいうものであり、使用といいうるためには、文書偽造の罪における保護法益は該文書に対する公共の信用であることを考えると、偽造文書を相手に呈示、交付など積極的な行為をなし相手方にその内容を認識させ又は認識しうる状態に置くことが必要であるといえる。ところで、本件偽造運転免許証行使の態様を見ると、<証拠略>によれば、被告人が司法巡査細野卓磨から窃盗未遂の被疑者として任意の取調べを受けた際、同巡査が被告人の承諾を得て開けた同人のスーツケース内から取り出した右免許証を被告人に示して同人のものかと訊いたのに対し、「そうである」旨述べたに過ぎないことが認められる。してみると、被告人は、同巡査に対し積極的に右免許証を呈示したものでないことは勿論、被告人自ら同巡査をしてこれを認識し得る状態に置いたともいうことができず、結局使用といいうる程度の行為は認められないので、偽造運転免許証を行使したとの点は犯罪の証明がないことに帰するが、判示偽造の罪と牽連犯の関係にあるとして起訴されたものと認められるから、主文において特に無罪の言渡をしない。
よつて、主文のとおり判決する。
(平谷新五 岡山宏 古屋紘昭)